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大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)1073号 判決 1963年2月18日

原告 村上徹一

右訴訟代理人弁護士 宮浦要

被告 株式会社カーム

右代表者代表取締役 渡部輝二

右訴訟代理人弁護士 板持吉雄

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、甲第一号証の記載並びに原告が右甲第一号証を提出した事実によつて、原告が被告代表取締役大野光男振出名義の金額一、三二三、一一〇円満期昭和三二年三月三一日支払地振出地とも大阪市支払場所株式会社池田銀行梅田支店振出日同年一月三一日受取人原告とする約束手形一通の所持人であることが認められる。

しかして被告会社が受取人の記載を除くその他の要件を記載して右手形を振出したことは当事者間に争いなく、証人中野時一の証言並びに原告本人尋問の結果によると、本件手形を原告が取得した当時受取人欄に原告の記載があつたことが認められるが、証人松浦登の証言(第一、二回)によると、受取人欄の原告の記載は当時被告会社の代表取締役であつた訴外大野光男の命によつて被告会社の経理担当者である訴外松浦登が記載したものであることが認められるので、右証人中野時一同松浦登(第一、二回)の各証言並びに原告本人尋問の結果に照し右受取人の記載は被告会社の代表取締役であると共に訴外オガライトの代表取締役でもある訴外大野光男によつて記載されたものであると認めるを相当とするが、訴外大野光男が被告会社の代表取締役の資格で記載したと認めるに足る証拠はないので、被告会社によつて受取人白地のまま振出されたものと認める外ない。しかし受取人白地の場合特段の事情がない限り所持人において補充する権限が授与されたものと解すべきであるから、右の特段の事由がない本件においては右白地欄の補充については振出人である被告によつて補充権が授与され受取人原告の記載は右補充権に基いて適法に補充されるものと解するを相当とし、被告は本件手形振出人としてその記載の文言どおりの責を負うべきである。

二、そこで被告の抗弁について判断する。

本件手形が昭和三一年四月三日振出された手形の書替手形であること、右手形は訴外村上工務店が訴外オガライトに対する工場建築工事請負代金支払のため振出されたものであることは当事者間に争いなく≪証拠省略≫を綜合すると、被告は大阪駅構内で喫茶店を経営している会社であり訴外大野光男は被告会社が設立された昭和二八年一一月一七日からその代表取締役となり昭和二九年一二月五日退任したが新たな代表取締役渡部輝二が就職した昭和三二年三月二四日まで代表取締役の職務を行いその後は取締役に就職したものであるところ、同訴外人は同時にオガ屑による燃料の製造を営む訴外オガライトの代表取締役(設立された昭和二九年七月九日以降)でもあつたこと、訴外オガライトはその工場の建築工事を訴外村上工務店に請負わせたが訴外オガライトが営業を停止し工事請負代金の支払いが困難となつたので右代金支払のため訴外大野光男はなんらの関係もない被告会社に手形を振出させ訴外村上工務店に交付したこと、その後右手形は数回に亘つて書替えられたが書替えに際し右手形金の一部支払のため訴外大野光男は被告会社に小切手を振出させ書替手形(その金額は小切手金額を差引いたもの)と共に交付したこと、その後訴外村上工務店の代表取締役である原告が手形金を訴外村上工務店に支払い本件手形を取得するに至つたことが認定される。

右認定事実によると、本件手形は(1)訴外大野光男が代表取締役をしている訴外オガライト宛に振出され訴外オガライトから訴外村上工務店に交付されたもの或いは(2)訴外オガライトのため重畳的債務引受けとして直接訴外村上工務店に振出されたものと認められるが、いずれの場合においても被告会社の本件手形振出は利害相反行為として取締役会の承認を要するものと解すべきである。すなわち、(1)の場合における訴外オガライト宛の手形振出行為が商法第二六五条の取引に該当するのみならず、(2)の場合の重畳的債務引受けも被告の代表取締役である大野光男が代表取締役をしている訴外オガライトに利益であるが被告には不利益な行為であるから右振出行為も商法第二六五条の取引に包含されるものと解されるのでいずれにしても被告取締役会の承認を必要とするところ、証人松浦登の証言(第一、二回)によると、右手形振出について取締役会は開催されず、したがつてその承認がなかつた事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。(なお成立に争いない乙第一号証によると、本件手形振出当時原告は被告会社の取締役の職務を行つていたものと認められるから、前認定の(2)の場合における訴外村上工務店宛の手形振出行為は商法第二六五条の取引に該当するから、右の意味においても取締役の承認を要するものといわなければならない。原告は原告が被告の取締役であつたのは形式的なものであつたと主張し、原告本人尋問の結果によると右主張事実が窺われるが、形式的なものであつたからといつて商法第二六五条の適用を免れることはできない。)

してみると本件手形の振出は商法第二六五条違反の行為であるから、被告は右振出の責を負わないことを悪意の取得者に対して主張しうるわけである。しかして原告本人尋問の結果によると、訴外村上工務店の代表者である原告は右手形取得当時本件手形が訴外オガライトの建築工事代金支払のため振出されたこと、訴外大野光男が右訴外オガライトのみならず被告の代表取締役であることを承知していたことが認められ、又前認定のように被告は右工事代金支払につきなんら関係がない事実、原告は被告の取締役の職務を行つていた事実、本件手形振出について取締役会が開催されなかつた事実を綜合するときは、原告は本件手形取得当時その振出の経緯振出につき取締役会の承認がなかつたことを知つていたものと認めるを相当とする。

したがつて被告の抗弁は理由があり、原告の請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村瀬泰三)

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